五十年前の夏
桶川特操3期教官・戸田秀作(特操1期館林)

太平洋戦争が末期を迎えた昭和20年6月。航空総監部第三飛行隊より第六航空軍に転属を命ぜられ、八戸飛行場(青森)で九八式偵察機6機を受領、「第二九三振武隊」を編成。20年7月1日、岩手県黒沢尻(現北上市)の町のはずれにある飛行場において出陣式を行い、直ちに熊本市の郊外にある菊地飛行場に転出。出撃命令を待っていた。
8月に入ったある日、福岡の軍司令部から写真技師がやってきて、私たち隊員を2人ずつ並べて撮影したのがこの写真である。向かって左が私、右は僚機の平井少尉(M大出身)で、編隊を組む仲だった。写真撮影の目的は、私たちが出撃後、故郷の家族に渡す白木の箱に入れるためのものであった。

8月16日の未明に沖縄の敵艦隊を求めて攻撃すべしとの命令を受け、遂に来たるべき時が来たと覚悟を決めていたところ、15日正午の玉音放送となった。
神州不滅を信じて出撃した数多くの同期生(特別見習士官第1期生)の冥福を祈るとともに、学業半ばにして戦場にかり出されたり、人と人とが殺し合うようなことはもう沢山だという思いである。二度と戦争のない世の中になるよう微力を尽くしたいと願う。

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